About Bohbot Medical Clinic

患者さんの治療体験記

当クリニックは、「うつ病」を代表とする気分障害の治療とリハビリテーションを専門に行っている心療内科専門医療機関です。
当クリニックで治療を進めていく上では、患者さんご自身の病気に対する理解と、協力が欠かせません。
「こころの病気」とか「メンタル不調」など、一見つかみどころの無い事象を扱うわけですから、私たち治療者と患者さんとが、

疾患を理解する上で同じ視点に立つ事が大切です。

26歳 会社員

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大阪府 S.Tさん

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大阪府 S.Tさん

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26歳 会社員

私はクリニックに通うことが嫌でたまりませんでした。

当時25歳。自分の未来は明るく、仕事も何もかもこれから始まるんだ!と思っていたときに、 双極性障害Ⅱ型であると診断されたからです。

自身に“障害”という文字がつくことに 耐えられなかったのです。「あなたの限界はココなんですよ」と言われた気分でした。 そんなこと、誰にも何も言われていないのに。 今思えば、その飛躍した考えもうつ状態から来ているのだと分かります。 クリニックに通う前、思い返せばムチャな働き方をしていたと思いますが、当時はそれが当たり前で、 同僚に追いつくためには、仕事量でカバーするしかないと思っていました。 それ以上に、何よりも仕事が楽しく好きでした。誰に何を強制されたわけでもなかった私は、 「自分の意志でセーブする」という感覚を持ちづらかったのです。それをする理由がありませんでした。 同じクリニックに通っている方のお話では、「周囲を気にしすぎてしまう・言い出せない・それによって やりすぎてしまう」という意見が多いイメージでしたが、私は自分の中で培ってきた向上心と 向き合うことが一番つらかったです。 「あなたの課題は休憩をすることです」と先生に言われたときのことを、よく覚えています。 25歳にもなって、何を言われているんだ私は?と思いました。 今までの私のことを何も知らないで、そんなことを言ってくれるな、とも思いました。 しかし今になって気付いていることは、私にとって≪休憩=生活のしやすさ≫だったのです。 それに気が付けたのは、細かい休憩を意識的にとるようになってからです。 なぜ、休憩をすることに実際に意識がいったのか。 それは「自分にとって何が一番大事か」を改めて見直すことができたからでした。 なぜ見直せたのか、それはクリニックの環境です。 一度立ち止まり、自身の向上心や自意識について、これから付き合っていく病気・生活について、 時間をかけて自問自答することを促してくれる病院と、許してくれる職場環境があったからです。 私にとって一番大事なことは、“やりたいことに挑戦し続けること”でした。 そのために必要だったのが、自分をコントロールすることです。全てを諦めるのではなく、取捨選択を することでした。それに気付くのに、本当に時間がかかりました。それに気付きにくいことも、 この病気の特徴であるのかなと思います。 こうして、“考え方の方向を修正する”に切り替えてからが、私の治療のスタートでした。 休憩の仕方を教わり、身につけるため毎日クリニックに通っていたのだと思います。 文字にすると簡単そうですが、一言に「休憩」といっても、休ませる部分は細部に分かれています。 思考量の多さが課題だった私は、「何も考えないでいる」という感覚をつかむのに苦労しました。 そのために必要なことを教わり、実践し、ほかの患者さんの意見を聞き、また自分に還元する。 そうやって、自分の生きやすさに合う考え方や行動を知れるのが病院だと思います。 あんなに嫌だった病院も、今は“あのタイミングで行けてよかった場所”になりました。 私は約1年間、休業しクリニックに通い、そして復職して1年が経ちました。 クリニックに毎日通っていたころのように、細かいことに目が行き届かなくなっていきます。 以前と同じような仕事が出来るわけではありません。ムチャをしても良くなったわけでもありません。 ただ、私に合わせた生活の送り方を見つけ、現在進行形で習得しようと模索しています。 そしてそれは、“双極性障害の私”に限ったことではない、みんな工夫をして暮らしているだけなのだと 思えるところまでやってきました。 自分に合う対処を探すのは、実はとても面白い行動です。 しかし、それには時間がかかる。支えが必要である。身を持って体験しました。 これを読む方がどういう状況かは分かりませんが、もし病院に行くことに対して躊躇しているので あれば。その感情が、恥・面倒くささ・恐怖など、自分の価値観にそぐわないからという理由だと したら、とても勿体ないです。 とりあえず、でいいので一度“認知行動療法”を体験していただきたいです。 薬だけじゃなく、自分の考え方と行動を変えることで生きやすくなる体験をしてほしいです。 外国に行くような感覚で、映画を見るような感覚で、新しい価値観を少し見てみるか、くらいの感覚で。 自分の価値観が変わることは、とても面白いです。入り口は何でもいいので、ぜひ体感してほしい。 こんなことお医者さんは言えないと思うので、個人の一体験談として書き記しておきます。 今回、この文章を書くにあたって、クリニックに通っていた頃つけていたノートの最後のページを 見ると、≪私がすべきことは、心と身体が疲れたら無理せず休むこと≫と書いてありました。 疲れたら休む、これが当たり前に出来る自分と社会に期待しています。  

 

大阪府 S.Tさん

私はこれまでに、同じ会社で二回休職しています。就職で環境が変化し、緊張状態に弱いこともあって常に不安な気分のまま過ごしていた中、大きく仕事の内容・量が変化しました。それをきっかけに、週末は一日中起き 上がれないという状態が何ヶ月か続き、自分でもおかしいなと思い会社の産業医の診察を受けたところ、「適応障害」との診断を受け休職となりました。二週間に一回程度受診して経過観察をしてもらい、1年半ほどして元の 職場に復帰しました。部署異動など職場の配慮もいただいて、体調を見ながらの勤務が始まりました。 そこから5年間、通常勤務を行いながら、二週間~一ヶ月に一度、産業医の診察を受ける生活でした。診断名 は、当初「適応障害」となっていましたが、どこかのタイミングで「(新型)うつ病」に変更されていました。こ の間は薬物療法が主でした。 体調・気分の方は、休職中よりも大きな波に苦しまされることになり、毎晩「明日の朝の体調はどうだろう」 と不安になりながら休んだり、状況が安定しない不安から過食に走ったりする状態でした。状態に波があること は産業医にも伝えていましたが、薬の量を調節するような対処法が続きました。 一回目の復職後、産業医は二回ほど替わりましたが、特に診断名や薬の見直しがされるわけではなく、一方で 私自身も変化を実感することができていませんでした。特に、薬の量がまったく減らない(合成薬が合計で4~ 5錠)ことがかえってストレスで、「一生このままなんじゃないだろうか」と考えるようになってしまいました。 そんな折、親族の紹介で、現在通院しているボーボット・メディカル・クリニックでセカンドオピニオンを受 けることとなりました。自分の性格、過去のエピソードなどを細かく質問されて出た診断名が、「双極性障害Ⅱ型」 でした。症状についての説明を受けていると、こちらの症状の方がしっくりくるなあと感じ、職場とも相談して、 クリニックの方針に従い休職しプログラムに参加することになりました。 二度目の休職はトータルで7ヶ月強となり、その間リワークプログラムを受講しました。双極性障害は自分の 行動内容をコントロールすることで対処可能であるとの前提に立ち、コントロールのため必要な知識・手法を中 心に学びました。同時に、日常生活を細かくモニタリングすることで、自分の躁・鬱・混合状態のサインとなる 症状(身体症状、行動、気分など)をチェックし、データを蓄積しました。 普通に働いていても同様のことをすることは可能なのかもしれませんが、復職した今となっては、仕事をしな がら毎日は無理だし、かといって一週間に一回程度話を聞くだけではその場で忘れてしまうなと思うので、(職場 には迷惑をかけた面はありますが)休職して通院した方がよかったんだろうなと考えています。 通勤練習などを経て、休職前と同じ部署に復職しました。現在、復職して三年弱です。今も定期的に診察を受 け、度々土曜日のプログラムへ参加しています。以前処方されていた合成薬はなくなり、その時々の症状につい て漢方を処方していただいています。 ただ、一番肝になるのは結局のところ自分自身でのコントロールだというのが、この三年弱の印象です。当然、 うまくいってばかりではありません。特に復職後一年経つと、仕事をしている状況への慣れから、自分の状態へ の認識が甘くなることもありました。少し調子を崩したりということはありましたが、復職以降は長期欠勤する ことなくやってこれていることについては、上司からも評価をいただいているところです。 実際に行っていることは、プログラムに通っていた頃と変わらず、自分の状態をチェックして「いまこんなサ インが出ているから今日は少し抑えめに/早めに休もう」などということが中心で、きっと世の中の人も無意識 に行っていることなのだと思います。ただ、双極性障害の患者は身体・気分など様々な面で一般よりも影響が大 きいため、世の中の人よりもかなりシビアに見て、行動することが大事だなと日々感じています。 毎日の生活の中で必ず行うルーティンを決め、それをこなして生活していますが、ルーティンになっているこ とをこなす時(例えば、休日の朝は起床後ウォーキングをしてから朝食を摂る、など)を、自分の状態を見るの にも使っています。体がしんどく感じるとか、意欲が出ないといったことを把握した場合、前日に何か原因とな ったこと(活動量、内容、食事、睡眠など)があっただろうかと振り返ったり、その日一日の予定について考え 直すといった作業を行います。 自分に制限をかけなければならないのはしんどく感じる時もありますが、合成薬が減らないことに悩んだり、 翌朝の体調を不安に思いながら休んでいたことに比べたら……とも思います。引き続き試行錯誤しながら生活していこうと思います。  

 

大阪府 S.Tさん

私はこれまでに、同じ会社で二回休職しています。就職で環境が変化し、緊張状態に弱いこともあって常に不安な気分のまま過ごしていた中、大きく仕事の内容・量が変化しました。それをきっかけに、週末は一日中起き 上がれないという状態が何ヶ月か続き、自分でもおかしいなと思い会社の産業医の診察を受けたところ、「適応障害」との診断を受け休職となりました。二週間に一回程度受診して経過観察をしてもらい、1年半ほどして元の 職場に復帰しました。部署異動など職場の配慮もいただいて、体調を見ながらの勤務が始まりました。 そこから5年間、通常勤務を行いながら、二週間~一ヶ月に一度、産業医の診察を受ける生活でした。診断名 は、当初「適応障害」となっていましたが、どこかのタイミングで「(新型)うつ病」に変更されていました。こ の間は薬物療法が主でした。 体調・気分の方は、休職中よりも大きな波に苦しまされることになり、毎晩「明日の朝の体調はどうだろう」 と不安になりながら休んだり、状況が安定しない不安から過食に走ったりする状態でした。状態に波があること は産業医にも伝えていましたが、薬の量を調節するような対処法が続きました。 一回目の復職後、産業医は二回ほど替わりましたが、特に診断名や薬の見直しがされるわけではなく、一方で 私自身も変化を実感することができていませんでした。特に、薬の量がまったく減らない(合成薬が合計で4~ 5錠)ことがかえってストレスで、「一生このままなんじゃないだろうか」と考えるようになってしまいました。 そんな折、親族の紹介で、現在通院しているボーボット・メディカル・クリニックでセカンドオピニオンを受 けることとなりました。自分の性格、過去のエピソードなどを細かく質問されて出た診断名が、「双極性障害Ⅱ型」 でした。症状についての説明を受けていると、こちらの症状の方がしっくりくるなあと感じ、職場とも相談して、 クリニックの方針に従い休職しプログラムに参加することになりました。 二度目の休職はトータルで7ヶ月強となり、その間リワークプログラムを受講しました。双極性障害は自分の 行動内容をコントロールすることで対処可能であるとの前提に立ち、コントロールのため必要な知識・手法を中 心に学びました。同時に、日常生活を細かくモニタリングすることで、自分の躁・鬱・混合状態のサインとなる 症状(身体症状、行動、気分など)をチェックし、データを蓄積しました。 普通に働いていても同様のことをすることは可能なのかもしれませんが、復職した今となっては、仕事をしな がら毎日は無理だし、かといって一週間に一回程度話を聞くだけではその場で忘れてしまうなと思うので、(職場 には迷惑をかけた面はありますが)休職して通院した方がよかったんだろうなと考えています。 通勤練習などを経て、休職前と同じ部署に復職しました。現在、復職して三年弱です。今も定期的に診察を受 け、度々土曜日のプログラムへ参加しています。以前処方されていた合成薬はなくなり、その時々の症状につい て漢方を処方していただいています。 ただ、一番肝になるのは結局のところ自分自身でのコントロールだというのが、この三年弱の印象です。当然、 うまくいってばかりではありません。特に復職後一年経つと、仕事をしている状況への慣れから、自分の状態へ の認識が甘くなることもありました。少し調子を崩したりということはありましたが、復職以降は長期欠勤する ことなくやってこれていることについては、上司からも評価をいただいているところです。 実際に行っていることは、プログラムに通っていた頃と変わらず、自分の状態をチェックして「いまこんなサ インが出ているから今日は少し抑えめに/早めに休もう」などということが中心で、きっと世の中の人も無意識 に行っていることなのだと思います。ただ、双極性障害の患者は身体・気分など様々な面で一般よりも影響が大 きいため、世の中の人よりもかなりシビアに見て、行動することが大事だなと日々感じています。 毎日の生活の中で必ず行うルーティンを決め、それをこなして生活していますが、ルーティンになっているこ とをこなす時(例えば、休日の朝は起床後ウォーキングをしてから朝食を摂る、など)を、自分の状態を見るの にも使っています。体がしんどく感じるとか、意欲が出ないといったことを把握した場合、前日に何か原因とな ったこと(活動量、内容、食事、睡眠など)があっただろうかと振り返ったり、その日一日の予定について考え 直すといった作業を行います。 自分に制限をかけなければならないのはしんどく感じる時もありますが、合成薬が減らないことに悩んだり、 翌朝の体調を不安に思いながら休んでいたことに比べたら……とも思います。引き続き試行錯誤しながら生活していこうと思います。  

 

50歳代 会社員

【今の主治医との出会い】
帰阪後、今の主治医の診察を受け、「うつ病ではない、双極性障害の 2 型だ。薬も違う」との診察を受け治療を開始。

今までの治療はなんであったのかとの思いもあった。その後、ストレスケア病棟での入院を経て病状が改善していくが、まだ不安定な状態が続く。

【薬での治療とプラスα】
不安定な状態が続くことから主治医から薬に加え、治療のための行動が示される。
 (1) 食事療法
 (2) 運動療法
 (3) 考え方を変える(認知行動療法)
その後、体力的な問題もあり 2 年かかって職場復帰した。


(1) 食事療法
「原始人(縄文人、弥生人)のような食生活をするように」との指導であった。

当時の人が何を食べて何を食べられなかったかを考えればいいわけである。

 

・主食は玄米のみ、小麦は禁止
この時以来、10 数年経った今でも家では玄米を主食としており(家族は別に白米)、復職後もしばらくはお昼の社食には弁当箱に玄米を入れて持ち込んでいた。
現在は、朝夕の家では玄米で、昼は社食の白米や小麦の麺類なども食べる。

・野菜を食べる
食べるようにしていても限界もあり、1 リットル入りの野菜ジュースをスーパーで買って会社に持ち込み、今も朝と昼休みに飲んでいる。(自販機のジュースなどは買わない)

1 リットルのジュースをだいたい 1 日半(3 日で 2 本)のペースで飲んでいる。

 

・白身の魚(青魚)はいいけれど赤身はダメ、鶏はいいけど、牛豚はダメ。当時は赤身の魚は捕れないわけで、淡水魚や近海の魚だけがいいことになる。鶏も同じ。

(2) 運動療法
「体(肉体)そのものが健康でなければ、病気はよくならない」「家、会社以外で自分の居場所を作り、3 か所以上の社会的な接点を作る」「健康をお金で買う」という指導でフィットネスクラブに入会、今でも続けている。
もっとも、最初の指導は毎日フィットネスに通って、ストレッチとサウナだけでいいという指導だけであった。(以降は「毎日、通いなさい」という指導だけであった)
休職中のこともあり、ヨガ教室のようなクラスに毎日参加、サウナに入って帰るという生活をしばらく続けていた。そのうちに少し体を動かそうかという気になり、ローラーの上を歩くマシンなどを始めるが 10 分が限界、というところからスタートした。
現在では、出社前にフィットネスクラブでサウナに入り、退社後、再びフィットネスに通い、週に 1,2 回の体幹トレーニング(自重トレーニング)、残りの日は有酸素運動を毎日行うまでに体力が向上し、帰阪当時と比べると体重は約 9kg 減少した。

(3) 考え方を変える(認知修正)
患者の側からすると、「病気になる前の、元の状態に戻る薬を処方してほしい」というのが率直な思いだと考える。腹痛や発熱ならば服薬でほとんどの場合、発病前の状態に戻れるだろうが、メンタルの場合はそれではダメということを自分で理解しないといけない。
この「理解する」というのが、「頭で知識として分かっている」だけという、実際には何も分かっていない状態で復職して再発することが自分であったと思う。
例えば、「自分はどうして病気になったのだろうか?あの時、どうすれば今のように病気にならずにすんだのだろうか?」などと、いくら考えても答えの出てこないことをいつまでも考えたりしていた。普通、胃が荒れた、胃が痛いという時に、「胃が弱っているから、もっと鍛えよう」などと更に飲み食いするなど、さらに胃を酷使したりしない。
ところが、メンタルという、臓器で考えると脳がくたびれている状態でも、平気で答えの出てこないことをいつまでも考えて脳を酷使する。考えることを止める、という単純なことが出来なくなる。この「考えることを止める」ということが、「頭では分かっている」状態から、「答えはない
から考えるのを、やーめた」と自分で実際にストップさせられるようになるのが、「考え方を変える」の一つではないだろうか。
ただ、この「考え方を変えれるようになる」方法が、誰もがこうすればいい方向に変われるというものではないため、人によっては「考え方を変えられるようになるためのステップ」に拒絶反応が起こしてしまい、結果中身の同じ元の自分に戻り、前と同じ状況下になると再発してしまうことに気づかないとどうにもならない。

(4) 薬物療法
デパケン、リーマス (エビリファイ 頓用) 2015 年 6 月まで。以降、漢方薬のみで経過。バルプロ酸ナトリウムや炭酸リチウムなどの気分安定剤と漢方が主体だった。アリピプラゾール水溶液を混合状態出現時に服用していたことがあった。趣味でバイクに乗る機会があるため、2015 年 7 月以降は現在に至るまで漢方薬のみとなっている。

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